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2007年10月31日 (水)

守屋前防衛事務次官の証人喚問、赤嶺衆議院議員の質問時間がもっと長かったらなあ

 宴席に防衛長官経験者 守屋前次官が認める 衆院証人喚問 赤嶺議員が追及(「しんぶん赤旗」日刊紙2007年10月30日1面)

 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-10-30/2007103001_01_0.html

※ ※ ※ 引 用 開 始 ※ ※ ※

 守屋武昌前防衛事務次官の証人喚問が二十九日、衆院テロ特別委員会で行われ、守屋氏は、軍需専門商社「山田洋行」による接待に、自身だけではなく、防衛庁長官経験者を含む複数の政治家も同席していたことを認めました。日本共産党の赤嶺政賢議員の追及で明らかになったものです。

給油量 米に疑惑否定要請

 赤嶺氏が「山田洋行」の宮崎元伸元専務による接待に同席していた政治家をただしたのに対し、守屋氏は「(政治家は)複数だったと思う」と答弁。時期は「去年か一昨年ではなかったかと思う」と述べ、「いろんな政治家がいる席に宮崎さんも入っていた」場合と、「少数の席に一人の先生(政治家)がいた」場合が各一回あったことを明らかにしました。

 政治家の中には「防衛庁長官経験者もいた」と述べましたが、赤嶺氏が名前を明らかにするよう迫ったのに対し、「特定の名前を挙げるのは迷惑をかける」と証言を拒否しました。

(中略)

 さらに海上自衛隊の補給艦がインド洋で米軍補給艦に給油した量を約二十万ガロンだと偽りの説明をし、「誤り」に気づきながら情報を隠ぺいしてきた問題で守屋氏は、発覚した二〇〇三年五月に、在日米大使館公使に「(法違反の)疑惑を及ぼす可能性があるので、そういうことはないと米政府としてきちっといってほしい」と求めたことを明らかにしました。

 これに応えて米側から、法の目的外使用はないとする回答が防衛省に届いており、日米両政府が口裏合わせをしていたことが浮き彫りになりました。

 しかし、赤嶺氏が実際の給油量が約八十万ガロンだったことを隠ぺいしていた問題を追及すると、「覚えていない」「承知していない」という答弁を何度も繰り返しました。赤嶺氏は「ここにきて、記憶にないというのは許されない」と批判しました。

疑惑深まった 再喚問を

市田氏会見

 日本共産党の市田忠義書記局長は二十九日、国会内で記者会見し、同日、衆院テロ特別委員会で行われた守屋武昌前防衛事務次官の証人喚問について「ますます疑惑が深まったというのが印象だ」と述べました。

 市田氏は「二つの大事な問題が明らかになった」と指摘しました。

 一つは、守屋氏が、接待を受けた軍需専門商社「山田洋行」の元専務との宴席に、旧防衛庁の長官経験者が同席していたことを認めたことです。

 市田氏は「守屋氏は、相手に迷惑がかかるからといって名前はいわなかったけれども、明らかになれば迷惑がかかるような話し合いがその宴席で行われていたということだ」と指摘。「官僚と軍需産業との癒着だけではなく、政界との癒着が明らかになった」と強調しました。

 第二には、“テロ特措法の目的以外には油は使われていない”ということをアメリカ大使館と口裏合わせしたことを喚問の中で自ら明らかにしたことです。イラク戦争に参加した米空母キティホークの艦長が、二〇〇三年五月の記者会見で“海上自衛隊から約八十万ガロンの給油を受けた”と述べ、海自の補給した油がイラク戦争に流用されている疑惑が大問題になった際、守屋氏はアメリカ大使館に、給油量が二十万ガロンか八十万ガロンだったかを確かめていませんでした。

 (中略)

 最後に市田氏は、「衆院での守屋氏の再喚問、参院での喚問がますます必要になってきている」と強調。当時の防衛事務次官や官房長など他の関係者七人も国会によぶべきだと主張しました。

※ ※ ※ 引 用 終 了 ※ ※ ※

 守屋前防衛事務次官が「山田洋行」による接待に、自身だけではなく、防衛庁長官経験者を含む複数の政治家も同席していたことを認めたのは良かったと思いますが、もう少し赤嶺衆議院議員の質問時間が長かったら、守屋氏と同席していた政治家の名を証人喚問の場で明らかに出来たと思っていたのに残念に思います。守屋氏は「山田洋行」による接待に、同席した防衛庁長官経験者を含む複数の政治家について「特定の名前を挙げるのは迷惑をかける」と証言を拒否したそうですが、赤嶺衆議院議員自身は政治家の具体的な名前を書いた資料は持っていたと思いますよ。今後どうなる事やら。

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2007年10月29日 (月)

長尾淳三候補惜敗!東大阪市長選挙

 昨日2007年10月28日投票の東大阪市長選挙ですが結果は…

当 野田 よしかず 72,820

   長尾 淳三    70,454

   西野 しげる   22,014

という事で、私が支援に行った長尾淳三候補は2,366票差で惜敗となりました。

長尾淳三候補へ投票して下さった

70,454有権者の皆さん、

ご支援ありがとうございましたm(__)m。

 ちなみに去年2006年の東大阪市長選挙は、

当 長尾 淳三 51,821

   松見 正宣 50,842

   西野 茂   38,151

という結果でした。しかし、「西野茂」から「西」を取ったら「野茂」になるやん(苦笑い)。

 私は去年2006年の東大阪市長選挙の関連で、

 長尾淳三さん、東大阪市長選挙当選おめでとうございます(^.^)内海さんは東大阪市議補欠選挙残念でしたが(私のブログの記事)

 http://shima-spirits-jcp.cocolog-nifty.com/taiki/2006/07/post_1d37.html

>松見候補も今回は負けましたが彼の陣営も本気出したら怖いと思いますので、4年後の市長選挙で松見陣営が100%の力を出しても長尾さんが勝てるように長尾さんが市民の信頼に応え組織力を強化する必要があると思います。“勝って兜(かぶと)の緒を締めよ”です。

 と記事を書きました。今回の東大阪市長選挙は、長尾淳三候補と競り合った相手が前回とは違うから、「保守勢力も本気出したら怖いぞ」と言っているようなものですが、3年後(今年から見たら)ではなく、こんなに早く現実になるとは思いませんでしたね。ただ、今回の東大阪市長選挙、野田候補は当選はしたけれど、長尾候補に大差勝ちではなく僅差勝ちなので、あまり大きな顔をしながら市長職に取り組むと、3年後(たぶん)にまた長尾淳三氏に(たぶん)ひっくり返されると思うので覚悟した方がいいと思います。前回当選した長尾淳三候補も今回当選した野田義和候補も得票率が5割未満という点では同じですよ。まあ、野田氏も市民に何の相談もしないで長尾市長不信任案を提出し、それに「賛成」票を投じたぐらいだから、市民本位の政治なんてやってくれないと思いますよ。

 長尾淳三市長不信任決議案に賛成した議員・反対した議員~東大阪市議会傍聴レポートその2~(私のブログの記事)

 http://shima-spirits-jcp.cocolog-nifty.com/taiki/2007/09/post_36be.html

 私は昨晩は、「明るい東大阪をつくる会」の長尾淳三選挙事務所で市長選挙の結果待ちをしていたのですが、長尾候補の落選が決まった後に選挙事務所の前の道路をワゴン車に乗りながら叫んで通り過ぎていった若者たち(たぶん某学会員だと思う)を見ながら「非常識だ」と思いましたね。こういう行為を「長尾陣営を逆なでする行為」というものです(怒)。私は先日自身のブログで、阪神タイガースがリーグ優勝を逃した事実・クライマックスシリーズを敗退した事実を書いた記事(「今年2007年は国政もプロ野球も虎(タイガー)の厄年のようです」)を作成しましたが、阪神ファンである事が分かっている人のブログへTBを送る事はしませんでしたね。セ・リーグのクライマックスシリーズ第2ステージを制覇して日本シリーズ出場権を獲得しながら、「中日ドラゴンズがリーグ優勝を逃した」事を理由に東京ドームでの胴上げを自粛した落合監督の謙虚さを見習ってほしいですね。

 長尾候補の落選が決まった後に選挙事務所の前の道路をワゴン車に乗りながら叫んで通り過ぎていった若者たちは、ボクシングの試合が控えている時期に内藤大助選手を「ゴキブリ」呼ばわりした亀田大毅選手とレベルが変わらないと思います。せめて後日に「長尾候補は負けはしたけどよく頑張った」ぐらいの一言は言うべきだと思います。亀田史郎氏の著書の内容が紹介されたテレビ番組も観ましたがそれを観ながら私は、勝つ事に異常に固執する思想の亀田史郎氏も某学会員ではないかと疑ってるぐらいです。

 私は、日本共産党がたたかってきた選挙を昔から見てきて「共産党は攻める時は強いけど、守る時は弱い」というふうに感じてたんですけど、今回の東大阪市長選挙は現職だった長尾淳三候補は「攻めの選挙」をしているように見えましたが、「守りの選挙」をしているようには見えませんでしたね。まあそれも市議会多数派による「理不尽な市長不信任決議可決」があったからだと思います。

 無風だった2006年の東大阪市長選挙では51,821票を獲得し当選。「市長不信任から市長失職」に伴う2007年の東大阪市長選挙では70,454票を獲得するも落選。こういう選挙結果を考えたら、

無風の時に7万票

を長尾淳三候補が得票していたら、今回の「市長不信任から市長失職」に伴う2007年の東大阪市長選挙では9万票から10万票得票していただろうなと思います。選挙というのは、ダメだと思っていても勝つ時はあるし、勝てると思っていても負ける時はあるし、選挙における政党や候補者の強い弱いの違いはあれど、やはり…

選挙は、当選も落選も紙一重

だと思いますし、

勝たせる選挙はあっても、

勝てる選挙なんてありえない

という言葉を「有権者としての心構え」として気持ちを引き締めなければいけないと思います。

 それにしても長尾淳三候補、東大阪市長選挙の奮闘お疲れ様でした。

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2007年10月28日 (日)

大阪市長選挙をたたかう姫野浄予定候補の宣伝に参加しました

大阪市長選挙をたたかう姫野浄予定候補の宣伝に参加しました

 大阪市長選挙は、11月4日告示、11月18日投票で行われます。

 午後3時半からある場所に集合しました。私は腕章を付けてノボリ(上記写真)を持ち、私を含む4人1組で歩きながらの宣伝活動でした。他の3人はビラを持ったり、ハンドマイクを持ったり、スピーカーを持ったりしていました。

 周りの反応はといいますと、静かな表情で通り過ぎて行く人や「姫野さんも載った連名ポスター」を貼っている家の人などが会釈(えしゃく)をしてくるなどでしたね。それと、宣伝活動をしている途中の道で、「しんぶん赤旗」の拡大活動で他の人たちと回っている下田敏人大阪市議会議員と偶然会う場面もありました。このように議員というのは、土日は議会が休みでも議員自身は休めないので大変です。だからといって議員が税金を使って海外豪遊をしてもいいというわけではありませんし、議員が特権漬けでいいというわけではありませんよ。下田議員には、毎日ご苦労様と言いたいですね。しかも下田議員は大阪市議会では日本共産党の議員団長兼幹事長ですからね。下田議員も、議会に向けての準備のために「しんぶん赤旗」の拡大活動に参加出来ない時もあると聞いてますが…。

 午後5時頃に、さっきの集合場所に戻って腕章とノボリを返却して、そこから家に帰りました。

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内田順三氏、広島カープ打撃コーチに復帰!嶋重宣とのゴールデンコンビ復活か(^.^)

 内田氏が打撃コーチに復帰(中国新聞2007年10月24日)

http://news.goo.ne.jp/article/chugoku/region/Tn200710240262.html

 巨人の前1軍打撃コーチ・内田順三氏(60)が3年ぶりに広島カープに復帰することが23日、分かった。小早川毅彦コーチとともに1軍打撃コーチを担当する。近日中に契約し、早ければ日南秋季キャンプで合流の予定。内田氏は20日に中日とのクライマックスシリーズに敗退した後、退団を表明していた。広島は一報を受け、急きょ獲得を検討。攻撃陣再建には欠かせない人材と判断し、復帰のオファーを出していた。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 彼の年齢を見たら、還暦なんですね。還暦祝いに赤いチャンチャンコ…ではなく赤いユニホームを着るのですね。冗談ですけど(笑)。私も彼の広島カープ打撃コーチ復帰を歓迎します(^.^)。

 一方、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』では、

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E7%94%B0%E9%A0%86%E4%B8%89

内田 順三(うちだ じゅんぞう、1947年9月10日 - )は、元プロ野球選手(外野手)、前読売ジャイアンツ一軍打撃コーチ。静岡県三島市生まれ、清水市(現静岡市清水区)出身。

東海大一高から駒大を経て、1969年、ドラフト8位でヤクルトアトムズに入団(後に横浜ベイスターズ監督となる大矢明彦は同期)。1975年に日本ハムファイターズへ移籍。1977年に広島東洋カープへ移籍。代打の切り札として1979年・1980年のリーグ2連覇・日本一に貢献したが、1982年限りで引退。

1983年に広島の打撃コーチに就任すると、小早川毅彦、緒方孝市、野村謙二郎、江藤智や前田智徳、金本知憲の育成に力を注ぎ、赤ヘル野球の攻撃陣を支えた。1994年から巨人の打撃コーチとして松井秀喜や高橋由伸、仁志敏久・清水隆行の指導を担当した。

2003年からは山本浩二監督の要請で再び広島の打撃コーチに復帰。2004年に「赤ゴジラ」と言われブレイクした嶋重宣や、2005年本塁打王、新井貴浩の活躍は内田の我慢強い指導によるものも大きいと言われ、その手腕は広く認められている。2006年からは原辰徳が巨人監督に復帰したのに伴い、再び打撃コーチを務める。2008年から、広島の一軍打撃コーチに三度就任。なお、プロ野球界に足を踏み入れてから一度もユニフォームを脱いだことがなく、初のコーチ就任となった1983年から現在に至るまでは広島と巨人の打撃コーチを行き来している。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

…とあります。

>1983年に広島の打撃コーチに就任すると、小早川毅彦、緒方孝市、野村謙二郎、江藤智や前田智徳、金本知憲の育成に力を注ぎ、赤ヘル野球の攻撃陣を支えた。1994年から巨人の打撃コーチとして松井秀喜や高橋由伸、仁志敏久・清水隆行の指導を担当した。

 そうそうたるメンバーですね。

>2004年に「赤ゴジラ」と言われブレイクした嶋重宣や、2005年本塁打王、新井貴浩の活躍は内田の我慢強い指導によるものも大きいと言われ、その手腕は広く認められている。

 こういう実績があるから広島カープ打撃コーチ復帰を歓迎するんですよ(^.^)。

>なお、プロ野球界に足を踏み入れてから一度もユニフォームを脱いだことがなく、

 へぇー、すごいですね。

>初のコーチ就任となった1983年から現在に至るまでは広島と巨人の打撃コーチを行き来している。

 「広島と巨人の打撃コーチを行き来している。」これには苦笑いしてしまいました。

 なお、内田順三氏と嶋重宣選手をゴールデンコンビと呼ぶか呼ばないかはその人の主観に過ぎません。つまりこの記事では私が勝手にそう呼んでいるだけです(^-^;)。

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2007年10月27日 (土)

東大阪市長選挙の最後の支援に行って来ました。そして明日は投票日

 私は今日は内海公仁・東大阪市議会議員の事務所へ行き、夜7時から1時間、1組5人ぐらいのメガホン宣伝に参加しました。この1時間の間にこの事務所だけでも7組ぐらいがメガホン宣伝を行ったそうです。

 今回の東大阪市長選挙は、市議会で多数を占める自民党や公明党の議員たちが市民に何の相談もしないで市長不信任案を提出して可決を凶行強行し市長が失職した事による選挙です。

 市長が長尾氏(2006年当選)であれ、松見氏(2002年当選)であれ、市民が直接選挙で当選させた市長であるという事では同じです。それを松見氏には4年の任期を全うさせても、長尾氏には汚職とか重大な失政もないのに、また市民大多数が「長尾市長は辞めろ!」などと言ってもいないのに4年の任期を全うさせずに1年数ヶ月で不信任案を提出して可決を凶行強行するというのはどう考えても理不尽だと思います。市民に何の相談もしないで市議会議員たちが勝手に市長に不信任を突き付けて可決させるのはどう考えても理不尽だと思います(怒)。市長は市議会議員たちによる直接選挙で選ぶものではなく市民による直接選挙で選ぶものです。

 明日28日は東大阪市長選挙の投票日ですが、私はこの日の夜は「明るい東大阪をつくる会」の事務所へ行って選挙結果を待ちたいと思います。いい結果になるように祈ります(^.^)。

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2007年10月26日 (金)

姫野浄さんを迎えての『大阪わかそ!市民大集合』に参加。それと集会中に突然飛び込んできたニュース

 10月24日の夜、「大阪市をよくする会」主催の「大阪わかそ!市民大集合」に参加しました。

 告知ポスターでは開始時間が「18時45分」との事だったので、私は某漫才コンビの片方の人のギャグみたいに

「中途半端やなあ!」

とボヤいてました(笑)。

 そんな私は、地下鉄・淀屋橋駅を下りて午後7時頃に中之島中央公会堂に到着しました。私が到着した頃には大阪市政の税金無駄遣いの内容が巨大スクリーンに映し出されて日本共産党の瀬戸一正・大阪市議会議員が説明していました。

 その後は、梅田章二・大阪府知事予定候補などからのビデオメッセージを観たり、「市民リレートーク」では様々な民主団体によるパフォーマンスなどが披露されましたが、特に大阪青年会議所特別会員のO・Tさんの歯に衣着せぬ痛快なトークには何回も爆笑したりズッコケたりしました(座る席が無かったので、私は最上階の後ろで立ち見してました)。

 そして終盤では、日本共産党の山下よしき・参議院議員による国会情勢の報告を聴いたり、この集会の主役でもある

【ナニワの水戸黄門】

【大阪市政の水戸黄門】

姫野浄(ひめの・きよし)

大阪市長予定候補

の公約や市長選挙勝利に向けての決意などを聴きました。

 最後の最後に会場のみんなでやった「ムリムリ」「アリアリ」コールも面白かったです。関淳一・大阪市長が目指す市政に対しては「ムリムリ」、姫野さんが目指す市政に対しては「アリアリ」とコールするものでした(^.^)。

 日本共産党の清水ただし・大阪市議会議員による司会もGoodでした(^.^)!

 午後8時20分頃に集会が終わり、会場をあとにしました。

 ちなみに、集会中に突然飛び込んできたニュースですが、関淳一・大阪市長らに対して検察審査会が起訴相当と議決したそうです(^.^)。

 2007年10月25日付けの毎日新聞朝刊でも、

 検察審 大阪市長ら起訴相当 旧芦原病院不正融資「血税守る任務に背く」

 大阪市が旧芦原病院に不正な融資や補助金支出を繰り返していた問題で、背任容疑で告発された関淳一市長と磯村隆文・前市長を不起訴とした大阪地検の処分に対し、大阪第二検察審査会が起訴相当と議決したことが24日、分かった。

 (中略)

 関市長と磯村前市長は、元共産市議で11月の市長選に出馬する姫野浄氏(72)らが告発。当時の局長らは「市民オンブズマン大阪」(代表・井上善雄弁護士)が告発したが、地検はいずれも不起訴としたため、それぞれが審査会に不起訴は不当と申し立てていた。

 (後略)

…とあります。これにより来月の大阪市長選挙に再選目指して立候補しようとしている関淳一氏の足元も揺らいできたようです。

姫野浄 アッパレ!

【ナニワの水戸黄門】

【大阪市政の水戸黄門】

大阪市長選挙もがんばれ!

 私も選挙活動をがんばります。

※「…の水戸黄門」は、おじいちゃんが中心になって悪を退治する、という意味でニックネームを考えました。

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2007年10月23日 (火)

私の『36歳初日』に日本共産党が衆院比例候補を発表(^.^)

 日本共産党 衆院比例候補24人を発表 第1次分 日本改革へ全国で奮闘 市田書記局長が会見(2007年10月23日「しんぶん赤旗」日刊紙1面と3面)

 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-10-23/2007102301_01_0.html

※赤文字は私の一言です。

※ ※ ※ 引 用 開 始 ※ ※ ※

 日本共産党の市田忠義書記局長は二十二日、国会内で記者会見し、次期総選挙の第一次比例候補者名簿(二十四人)を発表しました(別項名簿参照)。市田氏は、「解散・総選挙は早ければ年内にも、遅くても二年以内に総選挙があることは確実であり、いつ解散になってもいいように、比例も小選挙区も可能な限り早く決めて直ちに活動するようにしたい」と語りました。

 候補者のうち女性(九人)の比率が38%を占めているほか、現職八人、元職二人、新人十四人で構成。平均年齢は五十二・五四歳となっています。

 市田氏は会見で、「志位委員長をはじめ、国民要求実現の立場から果敢に論陣を張っている現職の国会議員と元国会議員、そして草の根の運動と結びついて住民の願い実現のために奮闘してきた地方党組織の幹部と地方議員経験者、それから現職の医師など、論戦力では定評のあるベテランと、フレッシュで有能な若手からなるベストチーム」と紹介しました。

 そして、「各候補者は、直面する日本と世界の熱い争点で積極的な役割を果たすと同時に、自民党・公明党の政治に代わる新しい政治の中身を大いに有権者のなかで語りながら、日本改革の方針への合意を広げるために、全国津々浦々で奮闘する」と強調し、発表後ただちに全国各地で演説会などの活動に入るとのべました。

 また市田氏は、衆院議員を五期務めた石井郁子副委員長が本人の「後進に道を譲りたい」という希望で議員を勇退することを明らかにしました。

 嶋ともうみ:石井さん、長年お疲れ様でした。といってもまだいつ解散するかが分からないですが。

 会見には、大幡基夫選対局長が同席しました。

比例1次分24氏

【北海道】

   宮内  聡(新)

【東 北】

   高橋千鶴子(現)

【東 京】

   笠井  亮(現)

   池田真理子(新)

   谷川 智行(新)

   徳留 道信(新)

【北関東】

   塩川 鉄也(現)

   綾部 澄子(新)

【南関東】

   志位 和夫(現)

   畑野 君枝(新)

   遠藤 昭子(新)

   加藤 英雄(新)

【北陸信越】

   山口 典久(新)

【東 海】

   佐々木憲昭(現)

   瀬古由起子(元)

   八田ひろ子(新)

【近 畿】

   穀田 恵二(現)

   吉井 英勝(現)

   宮本 岳志(新)

   瀬戸 恵子(新)

【中 国】

   中林 佳子(元)

【四 国】

   笹岡  優(新)

【九州・沖縄】

   赤嶺 政賢(現)

   田村 貴昭(新)

※ ※ ※ 引 用 終 了 ※ ※ ※

 結局、全文掲載してしまいました(^-^;)。

 この中からより多くの候補者が当選してもらいたいものです。

 以前、10月1日に衆議院候補の発表があるのかと思ってましたが、そうでは無く私の「36歳初日」である22日の記者会見で衆議院比例候補の発表だったので私も個人的な気持ちとして嬉しかったです(^.^)。

 【近畿】比例名簿4位の瀬戸恵子さん(*^.^*)は神戸市長選挙の候補者だった時に、私も単身で自主的に支援に行った事があります。しかし「しんぶん赤旗」日刊紙を見たら、瀬戸さん、党兵庫県常任委員になっているとは…。

 【東京】比例名簿3位の谷川智行さん、【北関東】比例名簿2位の綾部澄子さん、【南関東】比例名簿2位の畑野君枝さんとは、去年2006年11月の東京での「赤旗まつり」で写真撮影・握手・名刺交換をさせて頂いた事があります(^.^)。

 私も微力ながら、より多くの日本共産党公認候補を当選させるために政治活動・選挙活動などをがんばりたいと思います。

 日本共産党の政策・主張に対して共感する人・実現させたいと思う人へ…

たしかな野党を、

小さくても

応援し続ける勇気を!

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2007年10月22日 (月)

36歳初日☆いわゆる私は年男

 今日2007年10月22日、私は36歳の誕生日を迎えました。いわゆる私は年男です。これを受けて厄年までの「年数マジック」は「6」になりました(^-^;)。プロ野球の世界では9月の上旬か中旬か下旬になると1位のチームに「優勝マジック」なるものが点灯したりします(早いチームなら8月に優勝マジックが点灯する事も)。

 私もブログを立ち上げてから迎える誕生日は今回で2回目になります。ちなみに去年の記事は…

 今日は10月22日

 http://shima-spirits-jcp.cocolog-nifty.com/taiki/2006/10/post_85f2.html

 生まれた年に違いはあれど、私と共に「10月22日」に誕生日を迎える有名人も何人かいます。

 [誕生日(生まれた日)が10月22日の人々]

 http://www.d4.dion.ne.jp/~warapon/data00/birth-1022.htm

 この中から一部を挙げました。

 草笛 光子 1933年

 三田村 邦彦 1953年

 室井 滋 1960年

 石橋 貴明 1961年

 イチロー 1973年

 すほう れいこ 1982年

 関根 麻里 1984年

 以前、私は個人広告情報誌の常連投稿者も8年ぐらいやってましたけど、その雑誌もその後休刊に追い込まれた…という経緯がありますから、今やってるブログだって何年続けられるか分かりません。それでも私は今はブログの更新をがんばって続けるだけです。数日更新が滞る時もありますけど。

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2007年10月20日 (土)

中曽根元首相のこの発言は『共産不出馬ショック』への危機感が発端か?

 小選挙区は権力主義に 中曽根氏

(「しんぶん赤旗」日刊紙2007年10月19日2面)

 中曽根康弘元首相は十八日、都内のホテルで開かれた自民党伊吹派の研修会で講演し「民主政治は万機公論に決すべしだが、小選挙区では万機公論は起こりにくい。中選挙区制の方が多元性のある議論が行われ、党内議論が活発になる」と述べ、衆院に中選挙区制を復活させるべきだとの考えを示しました。

 中曽根氏はまた、小選挙区制で選挙を繰り返すと「権力主義の社会、官邸中心政治に移行し、日本全体が不活発になって貧弱になる」と指摘しました。

※ ※ ※ 記 事 終 了 ※ ※ ※

 日本共産党は第五回中央委員会総会で、

 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-09-11/2007091117_01_0.html

>比例代表での前進に力を集中する新しい選挙方針を提案する

>小選挙区と比例代表選挙での候補者擁立の基本方針について

>現在の力関係のもとで、わが党が総選挙で前進できるかどうかは、比例代表選挙の結果にかかっています。

>そのために全党的にも、ブロック・都道府県ごとにも、現在の党組織の力量を、もっとも効果的、効率的、積極的に、比例代表選挙に集中できる選挙態勢をとることが必要であります。そのために、「すべての小選挙区での候補者擁立をめざす」という従来の方針を見直して、つぎの方針でたたかうことを幹部会として提案するものです。

>第一に、小選挙区での立候補は、「参院選比例得票を8%以上獲得したところで、日常的・系統的に活動できる力量ある候補者を擁立できる選挙区」と「各都道府県で一選挙区以上」で候補者を擁立してたたかうことをおよその目安にして、都道府県の自主的判断で決定するようにします。

…と発表しているように、今後の衆議院選挙では、小選挙区において候補者を絞り込むわけです。それを受けて一部マスコミでは、次期衆議院選挙について「自民・公明苦戦」「民主有利」などと予想した上で、

「共産不出馬ショック」

などと騒いでいます。

 「1つの選挙区で1人しか勝てない小選挙区制だと、自民党と民主党のどちらかが勝つ事はあっても、両方勝つ事は無い、このまま小選挙区制を続けていたら、やがて民主党が独り勝ちして自民党は議席が激減して野党に転落してしまうし、そういう事態は避けたい。」…これが中曽根元首相の本音ではないかと、私は上記記事の中曽根発言を読みながら、そう感じました。

 どちらかと言えば、国政選挙は議員を選ぶ選挙であって自治体首長選挙とは違うから、定数1の小選挙区制よりも複数定数の中選挙区制の方が望ましい…私はそう思います。日本共産党が主張する「比例代表制のみの制度に」でも私は賛成です。さあ今後、選挙制度はどうなる事やら。

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2007年10月18日 (木)

広島・嶋重宣選手、来季に向けて動き出したそうです(^.^)

 しかし、広島・嶋重宣選手、今季の成績を考えたら、解雇にならなくて良かった(^-^;)。

 嶋 逆襲へ!秋季キャンプ志願参加(デイリースポーツ - 2007/10/17 10:55)

 http://sports.yahoo.co.jp/news/20071017-00000017-dal-base.html

※赤文字は私の一言です。

※ ※ ※ 引 用 開 始 ※ ※ ※

 広島・嶋重宣外野手(31)が16日、日南秋季キャンプ(26日~11月12日)に志願参加する考えを明らかにした。今季は打率・228、14本塁打、48打点という不本意な成績に終わった。それでもシーズン終盤には復調気配も見せた。その感覚を忘れないために、キャンプでは打撃中心のメニューに取り組む。この日は廿日市市内の大野練習場で行われた秋季練習に参加。赤ゴジラが逆襲へ向けて動きだした。

 満を持して臨んだシーズン。待っていたのは屈辱だった。100試合以上に出場したここ4年では、打撃3部門すべてで最低成績。失敗はもう繰り返せない。嶋はすでに逆襲へのシナリオを描いていた。プロローグは2年ぶりの日南秋季キャンプ参加。自ら志願して臨むのは初めてだ。

 嶋ともうみ:「秋季キャンプ参加。自ら志願して臨むのは初めてだ。」へえー、そうなんだ。

 「(参加か不参加か)チョイスだったから、行きたいって言ったよ。今季の最後のいい流れを、来年につなげるためにも行こうと思った。(今季について)反省はするけど、後悔していたら前に進めない。巻き返す、絶対にやってやるという気持ちだよ」

 嶋ともうみ:こういう「不屈の精神」を持つ嶋重宣選手の爪の垢を、「共産党はいい事言うけど、小選挙区で共産党に入れても勝てるわけがないから○○党へ」などと言ってる人たちにも煎じて飲んでもらいたいものです。

 低迷を続けたシーズンだったが、終盤には復調へのきっかけをつかんだ。後半戦は広島での試合前、ほぼ毎日ブラウン監督と特打を行い、その成果も出た。9月19日の横浜戦から最終戦までの15試合は、49打数15安打で打率・306、4本塁打、14打点。感覚を忘れないために秋季キャンプでは打撃中心のメニューをこなす予定だ。

 両肩の治療と強化も行う。特に左肩は投手時代からの“持病”だ。「苦しんできたからね。かばうことで、ほかのところもやってしまっていたからね。強化してケガをしない体作りをしないといけない」。シーズン中は負傷を抱えながらプレーを続けた。そこから打撃フォームを崩して、不振に陥る原因となった。悪夢を繰り返さないための準備も怠らない。

 嶋ともうみ:「両肩の治療と強化」「強化してケガをしない体作り」嶋重宣選手には、出来ればかつての大横綱・千代の富士ばりの「筋肉の鎧(よろい)」を両肩に付けて、安打や本塁打を量産してほしいものです。ちなみに嶋重宣選手も、「元横綱・千代の富士」の九重親方も同じ6月生まれ。そんな事はどうでもいいのですが(苦笑い)。

 (中略)

 「今年1年間、苦しんだけど、練習法とか、いろいろと分かった。続けてやっていこうと思う」。04年に首位打者を獲得して以来、ふがいない成績が続く。このままで終わるつもりはない。赤ゴジラ復活へ。虎視眈々(たんたん)とツメを研ぐ。

 嶋ともうみ:来季2008年、首位打者を必ず獲れとは言わないけど(打撃タイトルは、首位打者でも本塁打王でも打点王でも獲れるものは何でもいい)首脳陣をうならせるような成績を残してほしいものです。私も出来れば来季、大阪ドームや甲子園球場へ観戦に行きたいものです。

[ 2007/10/17 10:55 更新 ]

※ ※ ※ 引 用 終 了 ※ ※ ※

Photo

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2007年10月16日 (火)

堺泉北カープ会さんのブログから『日本が国連に加盟した時の話』に共感!

 「日本が国連に加盟した時の話」(堺泉北カープ会より)

 http://blogs.dion.ne.jp/sakaicarp/archives/6326484.html

※赤文字は、私の一言です。

※ ※ ※ 引 用 開 始 ※ ※ ※

インド洋での給油問題に関して、やたらと「国益」とか「国際貢献」って言葉がニュースなどで出てくる今日この頃ですが、皆さんがこういった問題を考える際の参考になればと思い、1956年の日本の国連加盟時のエピソードを紹介したいと思います。

 ※自民党結党は1955年。

それは、国連の行う平和維持活動、そして当時、誕生後10年を迎えていた日本国憲法。

これらにまつわる話です。

日本が国連に加盟を申請した時の事、重光葵(しげみつ・まもる)外務大臣という方が加盟にあたっての演説をしているのですが、演説の中で重光大臣は何と憲法9条と憲法前文を引用し、各国への理解を求めながら、国際連合の崇高な目的に対し誠実に奉仕する決意を表明しているのです。

つまり、9条の平和原則を示した上で日本の国連への加盟は認められたという事です。

今の内閣や靖国派の人たちが敵視する前文や9条を強調しての演説、つまり彼らの持つ憲法観とは180°違う話をしながら国際貢献への奉仕を加盟時に誓っていた1956年の日本。

国連は「国際平和と安全を平和的手段によって実現」